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受け継がれる味、変化に寄り添う風景/喫茶カンサー

受け継がれる味、変化に寄り添う風景/喫茶カンサー

さまざまなキーワードでWOMO読者がおすすめするスポットを聞き込み調査&取材を実施。今回のキーワードは「喫茶店」。島田市にある『喫茶カンサー』へ取材に訪れ、店主の渡辺さんとその奥様、娘の理絵(りえ)さんの3人にお話をうかがった。

国道1号線の大代ICから約10分。アクセルをぐいっと踏みながら金谷駅前の大きな坂を上り、徐々に遠のく街並みを横目に進むと、レトロでかわいらしい女の子のイラストが描かれた看板が見えてくる。『喫茶 カンサー』は、清流大井川が削った牧ノ原台地の縁に位置する金谷町ならではの魅力を、ゆったりと深く味わえる場所だ。

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「どうしてもこの素晴らしい景色の中で、喫茶店をやりたかった」と、店主の渡辺さん。大きく縁取られた窓枠に、どの席に座っても景色を堪能できるように配置されたテーブルとイス。至る所に渡辺さんの”景色を楽しんでもらいたい!”という想いを感じとれる工夫が散りばめられている。

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取材日は雨で富士山を見ることはできなかったが、娘の理絵さんにお店から撮影した富士山の写真を見せていただくことができた

ご縁が壁を乗り越える力に

お店を開業できるようになるまでも、数々の苦労とドラマがあった。
喫茶店を建てるために必要な排水工事の許可がなかなか下りずに半年もかかっていた時だ。「本当にたまたま出会ったお客さんが、『こんなに素晴らしい景色はぜひとも皆に味わってもらわないと』と言ってくれて、その足で土木事務所にかけあってくれたんです。そこからあっという間に話が進みました。あの出会いには本当に感謝ですね」と奥様が当時を懐かしく振り返る。

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自慢の眺望に目を向けると、南アルプスから立ちのぼる霧が山の息吹を伝えてくれる。春霞(はるがすみ)に浮かぶお茶畑の新緑が眩しく光り、思わず息がもれる。取材の日は曇りだったけれど「あいにくの天気」なんていう言葉はここには無いように思う。

冬になり空気が澄んでくると、雪化粧した富士山を一望できる。「富士山がキレイに見える日は、いつもと同じ景色なのについつい写真を撮ってしまいます」そう話す娘の理絵さんの表情からも、景色への愛着と誇りを感じる。窓から見える季節の移ろいを想像するだけでも心ときめくが、昼夜の表情の違いを愉(たの)しむのもおすすめ。日中は、大井川沿いの街並み、南アルプスの山々や富士山を堪能でき、日が沈めば町明かりと夜空にきらめく星が主役となる。「カンサー」はラテン語で「かに座」を意味する言葉。渡辺さんご夫婦が二人ともかに座であることが、店名の由来なのだそう。

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お店の看板やショップカード、ペーパーナプキンにあしらわれた可愛らしいイラストと、懐かしい雰囲気のロゴも素敵だ。マッチはもうお客さんへは配られていないそうで、特別に見せてもらうことができた

お店が遊び場だった幼少期

チリンと入店の合図が鳴ると、理絵さんの明るく張りのある「こんにちは、いらっしゃいませ」という声が響く。初めて来たはずなのに、どこか懐かしさを感じる。常連さんとのテンポのよい会話、かすかに聞こえるクラシック音楽が耳に心地よい。もとは保育士をしていた理絵さんが、カンサーを切り盛りするようになったのは10年ほど前のこと。父であり店主である渡辺さんの体調の変化もあり、本格的に手伝うようになっていった。

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「お店は幼いころからの遊び場で、カウンターのいすをガタンガタンとさせて遊んだり、大泣きしたりしていたころを知っている常連さんもいます。(笑)」お客さんとの自然で心地よい距離感は、理絵さん自身がお店と共に育つなかで作られてきたのかもしれない。

変わりゆくもの、変わらないこと

40年の歴史は、理絵さんたち家族の歴史そのもの。決して平坦な道のりではなく、現在進行形で山あり谷ありだ。リーマンショックやファミリーレストランの増加、コンビニカウンターコーヒーの普及など、さまざまな世情の変化も「3人でコツコツ、地道に、来てくれたお客様に感謝しよう」「こんなこともあるよね、今は耐え時」と励ましあいながら乗り越えてきた。根底にあるのは、何があっても“ここでお店を続けていくんだ”という共通の想い。刻々と変化する時代の中で変わらないもの、残していきたいもの、続けていくために柔軟に変えていくべきところは何かを見つめ、試行錯誤の日々だという。

理絵さんが残していきたいもののひとつに、長年愛されてきたメニューがある。「やっぱり“カンサースパゲティ”は残していきたいですね。お店の名前がついているし、40年間変わらない味なんです」

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ナポリタンの上にふんわりと卵がかけられた、やさしい味の「カンサースパゲティ」

プリンの味は、1年前に理絵さんが引き継ぐことができた。「レシピを聞いてメモして、一緒に作って……父の『まあ、いいんじゃない』を聞けたときに、『ああよかった、これでお父さんの味を一つ引き継ぐことができた』と思いました」

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キャラメルがほろ苦く、固めでしっかりとしたプリン。理絵さんが父から引き継いだ大切な味だ

「昭和、平成、令和の時代、コロナ禍を通して、私は今こそ“変えていくべきとき”なのかな、と思っています」
あらゆる時代の波を経験してきたからこそ、今の変化にこれまでとは違うものを肌で感じているのだという。

「最近は、新メニューで“富士山クレープ”を作りました。パンケーキはそれだけでおなかいっぱいになってしまうけど、クレープだと案外軽めのデザート感覚でいけちゃうんです」クリームとアイスを土台に富士山の形を再現した、理絵さんの“遊び心”と“富士山愛”が光る一品だ。新メニューを考案するのは理絵さんの役目だが、実際にメニューに載せるかどうかは3人で相談して決めている。新しいものを取り入れる感性と、続いてきたものに対する敬意。これからも色々な変化を受け入れながら、やさしい味が受け継がれていくのだろう。

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ウインナーコーヒーはこだわりのカップで提供。ふんわりと甘いクリームの上に、カラースプレーが目にも鮮やか。

【ライター】yukico 武本 夕貴子

フリーランスのWebデザイナー。人・モノ・コト本来の魅力や質感が”伝わる”デザインと文章を作るため、日々人間力向上中。座右の銘は「明らかにして見ること」

紹介スポット

島田市

喫茶カンサー

受け継がれていくやさしい味。どの席に座っても富士山が見える喫茶店

更新日:2022/5/16

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